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Transgrancanaria
ラス・パルマスの新しい朝(後編)
「THE NORTH FACE Transgrancanaria」には、どんな人々がいてどんな光景が広がっていたのだろう——3月公開の前編に引き続き、ロングリードの後編をお届けする。

インスピレーション
「カナリア」の9つのカテゴリー全てのレースとセレモニーが終わった後、サラ・キーズ(米、THE NORTH FACE)に話を聞いた。
「10年以上に渡って、アメリカだけではなく色々な場所で走ってきました。「カナリア」に来たのは今年が初めてで、”Marathon”(47km, D+1840m)を走りました。でも、フィットした状態でスタートしたというわけではありませんでした」
本当は、1年前に「カナリア」を走る予定だったという。だが、2024年初頭に父親が病気になり、その年の11月に他界した。
だから、「昨年は、いつもと違う時間を過ごすことになりました」。毎年コンスタントに3、4つのレースに出場していたサラは、2024年はHOKA UTMB®︎ MONT-BLANC CCC®︎を走ったくらいだった。(それでも、100km D+6300mを14時間半と少しでゴールした。)
そんな日々を経て、「今年ようやく「カナリア」に来ることが出来て良かった」と言う。その理由をこう続けた。
「ウルトラやトレイルランニングを走ることと人生や日々の時間を過ごすことは似ている、と感じることがあります。”Get through”——アップダウンもあるけれど進んでいくんです。そうやってきたから、今回の大会でも久々にチームメイトに会ったり、素晴らしいコミュニティとも触れ合ったりすることができました。そして何よりも、あのシーン、見ましたよね? ”Marathon”のトップのゴールの場面です——」
フランチェスコ・プッピ(伊、HOKA)がゴールまでわずか300メートルのところでラストスパートをして、ロバート・プケモイ(ケニア、JOMA SPORT)を大逆転して優勝した場面のことだ。
「あれを見て、泣いちゃいました。レースは、その人自身が走るものですよね。でも、同時にそれは、見ている人に何か素晴らしいことが伝わっていくということでもあると思うんです。ランニングはソロスポーツかもしれませんが、やっぱり「みんな」のものでもあると思いました」
人生のアップダウンを乗り越えてまた走り始めたサラを見て、私たちは感銘を受ける。そのサラ自身も、フランチェスコたちのデットヒートを見て心を震わせる。インスピレーションは、誰かひとりの圧倒的なスーパースターが大勢の人に与える一方的なものではなく、そこに存在する一人ひとりがお互いに影響を与え合う、そんな緩やかな交流のことなのだ。
サラは、この春の「Mt.FUJI 100」で初めて日本に来て「”KAI 70K”を走ります」と言う。「前半はスピーディーで後半はタフらしいですね。そこにいる人たちも素晴らしいと皆が言っていて、楽しみです」
日本のコミュニティと触れ合って、サラはどんな感情を抱くのだろう? 日本のコミュニティは彼女が走る姿を見てどんなふうにインスパイアされるだろう?
もっと自由に
フェルナンダ・マシェール(ブラジル、THE NORTH FACE)もまた長年走り続けてきた。
2009年の「TDS®︎」で優勝してから、「UTMB®︎」を始めとしたビッグレースで、毎年のように表彰台にのぼった。たびたび来日し、2015年には「Ultra Trail Mt.Fuji」で女子2位になり、2016年には同大会で女子優勝を飾っている。
2012年にはレースというフォーマットを越え、スペイン・サンチアゴへの「巡礼の道」(約860km)を10日間で走り、女性としてのFKT(Fastest Known Time : 最速記録)を達成した。2016年にはアコンカグア(6962m)を、2017年にはキリマンジャロ(5895m)に登頂し、戻ってくるFKTも記録している。
そんなフェルナンダにも、ダウンサイドはある。約15年走り続けてきたが、コロナ禍では「バーンアウトしてしまった」。今年の「カナリア」では胃腸の調子が悪くなり、嘔吐した。チームメイトのケイトリン(本稿前編参照)にもサポートされながら、80キロ地点のチェックポイント「Tejada」のエイドステーションでリタイアした。
それでも、「まだまだシーズンは始まったばかり」だ——そう話すフェルナンダにとって、一人の女性として走ることはどんなことなのだろうか? 故郷のミナス・ジェライス州ベロオリゾンテでかつて弁護士としても活躍した彼女は朗らかに、迷いなく答えた。
「私の生まれた国ブラジルは、危険の多い国です。女性たちも沢山走り始めるようになったけれど、彼女たちが大人数でグループランをするのは、楽しいからという以上にリスクをさげるため。それでも、続けることが大切です。そして、もっとオープンに、もっと自由に。「みんな」がもっと勇気を持って。ロードでもトレイルでも、遠慮はいらないんです。色々な発見ができるはずだと思うんです」
「みんな」が自由に一歩一歩を走れるようになり、街や社会について新しい発見をしていく。それによって私たちのパースペクティヴが少しずつ変わり、何かが良い方向に向かっていくのではないか、そんな可能性を彼女は語る。
フェルナンダは、サラの言う進み続ける(”Get through”)こと、そしてそれによって一人ひとりにインスピレーションが循環するということの意味を大胆に押し広げる。インスピレーションは、「社会」にも循環していくのだ。
フェルナンダが”Classic”で優勝した2012年のあの日も、「カナリア」に新しい朝がやってきた。女性たちが、仲間たちが夢から覚めると、新しくて、懐かしい景色が広がっていた。向こうには大きな海が輝いている。
そんなラスパルマスの新しい朝を迎えるのを、私たちもまた楽しみにしている。これからもまた日は昇るのだ。

Photography by Florian Keller, Jordan Manoukian, Colino Livero, TomStephens and Fernanda Maciel
THE NORTH FACE RUN 2025 SPRING/SUMMER COLLECTION
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