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山岳保全の最前線
大雪山山守隊・岡崎哲三さんのジレンマ

ハイキングやトレイルランニング、キャンプなど、私たちは様々な目的で山や自然を楽しんでいる。そのようなとき、山の管理や維持について思いを巡らせたことはあるだろうか。なにげなく歩いている登山道に、数年、数十年後にはこれまでのように歩けなくなるかもしれない危機が迫っているという。山岳保全の第一人者として全国を巡る岡崎哲三さんに、保全活動を通して伝えたいことを伺った。

近自然工法とは生態系の底辺が住める環境を復元させること。

「いつも怒りながら山を歩いてるんですよ」そんなことを、とてもそんな風には思えない穏やかな顔と声で言う。大雪山山守隊の岡崎哲三さんだ。彼からすると、日本の登山道、ひいては山岳保全はかなり危機的状況にあるという。言うことはちょっと辛口なところもあるが、得も言われぬ穏やかさがある。自然を愛するからこそ、というのがとてもよく伝わる話し方をする。岡崎さんは、30年前に大雪山で山小屋管理のアルバイトをはじめ、そこで違和感を感じたという。

「花が綺麗だと言って見に来るんですが、足元では容赦なく固いブーツで地面を削って帰って行く。山が好きな人が山を壊していることを不思議に思ったんです」

「目の前の崩れた道を直したい」という思いが生まれた。自己流で登山道整備をはじめ、20年ほど前にスイス発祥の近自然河川工法(きんしぜんかせんこうほう)というものに出合った。いまでは山岳保全の第一人者として、全国を巡り、技術だけでなく、考え方を伝えている。

「山岳保全はひとりでやっていてもきりがないんです。喋るのは本当は得意ではないのですが、仕組み作りからやらないといけないと思って、いろんなところで自分なりにお伝えしています。どうやって自然を見たらいいのか、どう課題を捉えたらいいのか、どう改善したらいいのか。そういうことを考えることがとても大事な時期に来ていると思っています」

近自然工法。おそらく聞いたことがある人は多いかもしれないが、「外から資材などを持ち込まず、フィールドにある自然物を利用して登山道を整備する」というのは、あくまでもひとつの方法でしかない。
岡崎さんの言葉を借りれば、近自然工法とは考え方であって、やり方ではないのだという。

「読んで字のごとくなんです。自然に近づけるためのもの。いかに生態系を復元し、さらに人も共生できるようにするかという考え方だと捉えています。そしてそれを実践するときに、まずやらなければいけないのは、自然界の住人との対話です。目指すべき所をしっかり認識して、そこに到達するためにどういう方法が採れるのか、ということを考えていきます。だから自分はこういう場所に来たときに、まず考えるのは、どうすれば自然の形になるのか、ということです」

登山道に限った話ではないのだ。そのためには、まず『どこがおかしいのか』を知るところからだという。登山道整備もひとつやりかたを間違えると、環境の改善どころか悪化させることになりかねないのだ。まずは、観察することが大切だという。

「自分がやるのは常にそれです。こことここが違う。なぜ? 細かい疑問を蓄積していくと、こうかもしれないという答えのようなものに辿り着けることがあります。それが改善のきっかけになるかもしれないと考えています」

断定的に物を語らない。『かもしれない』『感じます』と語尾に付けることが多い。謙虚な人柄が出ているなと思う。登山口から少し入ったところで、「まずはよく観察してみてください」と岡崎さんが足を止める。登山道がストレートについている、なんの変哲もない緩斜面だ。

だが、じっくり見ていくと、登山道とそうでない場所が明確に違うことがわかってくる。登山道付近は、窪みになっていて、根が露出している部分が多い。そして植物がなく、かなり固い。その大きな原因としては、踏圧(人が踏むことによる圧力)と、雨による侵食だ。つまり人が歩くことによって水が流れやすい地形になってしまっているのだ。いっぽう登山道じゃない森の中は地面がふかふかしている。つまり保水しやすいから、植物が育つ土壌が残っているということだ。ただ、この山に関しては、登山道じゃない森の中にも、下草(下層植生)の姿はない。

「そうなんですよ。最初に見たときから、これは変だなと思っていたことです。秋という季節だとしても、あまりにも下層植生がない。登山道付近の駐車場にはあったのにここにはない。それはなぜか? そういうところに意識を向けることが第一歩です」

答えをすぐに教えるのではなく、まず考える時間をくれる。そして疑問を投げかけると丁寧にひとつひとつ説明してくれる。実地を見ながらなので、その理解しやすさは本などと比べて段違いだ。

「生態系というものがあります。簡単に言えば、土があり草があり、木があり、それが根を張っていて、多様な動物もいる。実は放っておいたらバランスが取れているんです。植物があることによって地面はふかふかですし、そこに雨が降ったとしても保水しますから、崩れたりしない。でも人間が使うと途端にバランスが崩れてしまうんです」

登山道とは、かつて植物があった場所が裸地になってしまった場所と捉えることもできる。人が歩く、ただそれだけで生態系のバランスは崩れてしまう。

「だから管理しないといけないんです。でも現状ではぜんぜんその仕組みができていない。壊れたから直す、という管理ではなく、生態系を回復させ、維持するための管理。これが必要なんです」

まずは知ること。無知・無関心こそが敵。

すでに1時間ほど経っているが、まだ登山口からすぐの場所にいる。それだけ見るべきところ、考えることが多いということだ。

「登山やクライミングは、自然の破壊につながる可能性はあります。ですが僕は無関心こそが敵だと思っています。だから登山を通じて人間と自然を繋ぐために、登山道は必要不可欠なものです。その土地の自然の復元力をきちんと見極めて、利用圧とのバランスをとっていくことが重要だと考えています。それには明確なルールが必要なんですが、きちんとした知識がないと、そのルールすら作れません」

「泥濘(ぬかるみ)が好きな人っていませんよね」と、岡崎さんがふたたび立ち止まる。「泥濘は、落ち葉が腐食して表土となり、それが登山者の踏圧で削られて水と一緒に溜まった状態です。人にとっては迷惑な泥濘も、植物にとっては必要不可欠なものなんです。僕の場合は泥濘があるとホッとします。まだ土が残ってくれている。ここならまだ植物が育つ。そういう風に植物の目線を持つことも保全には必要です。そもそも、泥濘になってしまうのも、人が踏むからです。歩くことで耕してしまうんです」

岡崎さんは長靴で苦もなく歩く。もうちょっとソールが固いもののほうが歩きやすいのではないかと思うが、これも植物目線からくるチョイスなのだ。

「固いソールの靴のほうが、とうぜん道を削りやすいですから。表土が1cmの厚さになるには100年かかると言われています。それを削りながら歩いているわけです。で、表土がなくなったらそこは歩きにくいと言って、違う表土を削りながら歩く。植物目線からしたら、勘弁してくれよって感じですよね。うーん、やっぱり腹がたつ(笑)」

山が好きで登山をしているはずなのに“知らない”ということで、気付かないうちに山を破壊している。悲しい構図だ。

「柔らかい靴を履く、ストックにキャップを付ける、登山道以外の場所を歩かない。そういうことを意識しただけでは保全には繋がらないというのが現実です。これを重視するだけで満足して、山岳保全というものの本質を見失ってしまうのはとても危ない。でも、何度も言うようですが無関心が一番の敵だと思っています」

岡崎さんと一緒に歩くことで世界が変わってくる。あそこは不自然に崩れているからきっと雨水の通り道なんだろう。登山道の脇の土が露出しているから霜柱が立って、さらに道が広がってしまうかもしれない。表土が削れてしまっていて、細い根が露出してしまっているから枯れてしまうのではないか。そんな見方をするようになってくる。普通に登山していたら気付かないことばかりだ。

「日本の自然は復元力が高いと思われているかもしれませんが、そうとは限らないんです」

そう言って、同じ場所の20年前の写真を見せてくれる。素人が見ても一目瞭然。下草(下層植生)の量がぜんぜん違うのだ。というか、現在、下草は皆無と言って良い。

「たった20年です。鹿の食害が主な原因だと思いますが、それだけではないかもしれない。あるべきものがない状態です。下層植生がないということは、根もない。ようは土を保持することができない。水どころか土壌を留めておく力もなくなっているんです」

人間ではなく、自然に認められたい。

さて、前置き(実際にはこの観察や理解がとても重要なのだが)の後は、実際に体を動かす登山道整備の時間だ。

作業自体はとても楽しいものだ。岡崎さんが、おおまかな指示は出してくれるが、基本は自分の頭で考え、どうすれば良いかを考える時間をもうけてくれる。地形などをじっくり観察し、どう水が流れるのか、それによる崩壊をどうやれば止められるか。さらには、どこを歩いてもらえば登山道と生態系を両立できるかなど、今日学んだ事を自分なりに整理していく時間でもある。なるほど、これが知ることの大切さか、とおぼろげながら体感できる。この日は倒木などを使って水の流れを本来の形に近づける作業などをおこなった。実際に体を使うことで理解は深まるし、達成感はかなりのものだ。ただ同時に、これはあくまでも岡崎さんの活動の一部でしかないとも思う。この取り組みを登山道整備という一言で片付けて良いのだろうか。

「登山者の方からありがとう、と言われることも多いですし、もちろん嬉しいんですけど、登山者のためにやっているわけではないんですよ。あくまでも目的は生態系を回復させるため。人に褒められたいんじゃなくて、自然に褒められたい。だから、自分がこうなると良いなと思ってやったことによって、下草が生えてきたりしたら、自然にオッケーと言われたんだなという気がして嬉しくなります」

歩きやすい道を作っているわけではなく、あくまでも生態系を復元する作業。結果、そこを登山者も歩けるように工夫しているということなのだ。岡崎さんからすると登山道整備という名前もしっくり来ていないのだという。

「僕の今の目標は、きちんとした山岳保全の仕事を作ることです。いまの保全作業は、技術者ではなくボランティアが主体になっています。そうではなくて、例えばアメリカのレンジャーのような、判断、行動、発信ができて、しっかりとお金ももらえる、みんなの憧れになるような仕事です。そうすれば、若い世代に繋いでいくことができます」

岡崎さんの体感として、日本の登山道はほんとうに瀬戸際。緊急手術をしないと生態系の崩壊は止められないところまで来ているという。維持管理だけではとうてい足りないという。いまこそ、官民一体になってやる必要がある。現状でも行政の制度として山岳保全の助けになるものは結構あるという。まずはそういう制度をしっかり機能させていく必要があるのではないだろうか。

「こんな現状ですから、より多くの人に関わって欲しいとは思っていますが、その反面、きちんとした知識を持った人が増えないとダメだ、という危機感もあります。自然相手のことですから、完璧というものは存在しませんし、やり方を間違えてしまえば悪い方向に行ってしまうこともある。だからこそ自分は常にまだまだだという意識をしっかり持って、慢心せず、自然の理を追求していきたいと思っています」

インタビューをしていると、自然の中で遊ばせてもらっているのだから、生態系を復元するということに関して興味がない人は、そもそも山を歩く資格がないのではないか。そんな気にもなってくる。人間ファーストが当たり前になりすぎている。人間は、もっと自然に対して謙虚になるべきだ。自分もその一員なのだから。

おかざき・てつぞう
岡崎哲三

北海道札幌市出身。30年ほど前に大雪山の山小屋の管理人として働いた際に、登山道整備に興味をもつ。その後、近自然河川工法の第一人者である故・福留脩文氏との出会いにより、近自然工法という考え方を知る。2018年に大雪山山守隊を設立。現在は大雪山だけでなく、日本全国に赴き、近自然工法の考え方を伝えている。

おかざき・てつぞう / 岡崎哲三

Photo:HAO MODA
Text:TAKASHI SAKURAI

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